寒風吹きすさぶ、夕刻の公園で、二人の男女が向き合い、
そして語りかける。
ケイタ「なあ」
ハルミ「なによ」
ケイタ「どうして俺たち、こうして糸電話で会話をする必要があるんだ?」
二人は、紙コップの裏にタコ糸をテープでくっつけただけの粗末な
糸電話で会話していた。むろん周りの反応は、この季節と同じく冷たい。
ハルミ「二人の間には、強い絆という名のコネクションが必要だからよ」
ケイタ「うん、なるほど、で、なんで普通の電話じゃだめなの?」
ケイタはハルミに、ごくまっとうな質問を投げかける、ハルミは
悲壮な面もちで、滂沱と流れる涙を拭きもせずに答えた。
ハルミ「電話で通じたコネクションは、目に見えないの、私は目に見えない
愛情なんて信じられない」
ケイタ「うんうん、話が微妙にずれてきたね、こうやって近距離に近づいて
いるんだったら、別に直接話せばいいよね。糸電話は必要ないわけだ」
またしても、ケイタはまともな質問を投げかける。
しかし、ハルミは地団駄を踏みならし、声を裏返らせながら、訴える。
ハルミ「いや、嫌なの、アナタとどこかで繋がり合えている自分を感じる
事ができないのは、イヤ。そんなの、怖い!」
ケイタ「え~っと、今回の会話の要件は、週末のデートの待ち合わせ時間に
ついてだよね。だったら、電子メールでも全然要件は事足りると
思っちゃうんだけどなあ」
ケイタはため息と共に半ば独白に近い言葉を漏らす。しかし、その一言が
ハルミにもたらした変化は、まるで劇薬を浴びたように、劇的だった。
ハルミ「キャー!そんなのイヤよ!だって、メールは相手とのコネクションを
成立させずに通信を行うサービスじゃないの!そんなのコネクションレス型
プロトコルと同じよ。」
ケイタ「ん~っと、コネクションと言えば、通信相手との経路を確保して、
通信相手と同じ時間にお互いに同期をとって転送を行う事だったよね。」
ハルミ「そうよ」
ケイタ「そして、コネクション型プロトコルと言えば、通信を開始するときに
コネクションを確立してから、通信を行うプロトコルだよね」
ハルミ「そうよ、コネクション型プロトコルの代表はTCPよ」
ケイタ「と言うことは、コネクションレス型プロトコルは、コネクション型
プロトコルとは違い、データ転送をはじめる前にコネクションの
確立は行なわないプロトコルという事になるね。
ハルミ「そうよ、あて先だけを指定して、データを送るのよ。」
ケイタ「で、何でそのコネクションレス型プロトコルをそんなに嫌うのかな?」
ハルミ「だって、だって、相手の状況も確認せずにデータを送りつけるやり方
なんて、思いやりがないわ!私は思いやりが無い人は、ラッキョウの
次に嫌いなの。」
ハルミのラッキョウ嫌いは、海よりも深く、サンダガより激しい。
ラッキョウのニオイを感じると、体内で自己発電を初めてしまう程である。
ハルミ「それに、コネクションレス型プロトコルは、データがきちんと届いたのか
どうかの確認もしないのよ。そんな信頼性の低い、いい加減なやりかた
アタシ認めないわ。だから、コネクションレス型プロトコルである
IPやUDPも大嫌いなの」
ケイタ「イヤイヤ、でもさコネクションレス型プロトコルだってさ、コネクション
の確立や ACKなどのデータ通信に関係ない手順を行わないから、
とっても通信の効率がいいんだよ。オーバーヘッドが少ないって
いい事じゃないのかい?」
ハルミ「信じられないわ、私、アナタも私と同じ、コネクション型
プロトコル派とばかり思っていたわ。アナタってそういう人
だったの?ショックよ!とても、ショックよ、そして、
思わず、電気ショックよ!」
ハルミのショックは電気ショックを伴う為、物理的危険を伴う、
電圧強度は、うる星やつらのラムちゃんを凌ぐらしい、
それを承知しているケイタは脱兎の様に素早く身を引き、弁解を始める。
ケイタ「だから、コネクション型プロトコル派ってどんな派閥だよ。
もちろん、コネクション型プロトコルだって素晴らしいさ、
コネクション型プロトコルの特徴は、通信を開始するときに
コネクションを確立するから、通信相手ときちんと通信できるか
どうかもわかるし、相手にデータが届くと、きちんと届きましたよ
という確認応答(ACK)も行うから。確実にデータが届いたこと
が確認できて、通信における信頼性も高いし。」
ハルミ「だったら、アナタも今すぐコネクション型プロトコル教の信者になって!」
ハルミの要求は時として、我々の常識を超える。
ケイタ「なんで突然、派閥から宗教団体にシフトするんだよ
いいかい、コネクション型プロトコルにだって、デメリットはあるさ
コネクション型プロトコルは、実際のデータ転送以外にコネク
ションの確立、ACK などの手続きをする必要があるから、通信の効率
が悪いんだよ、専門的な言い方をすればオーバーヘッドが大きいんだ。」
ハルミ「ヒドイ!アナダはぞうやっで、コネクション型プロトコルごと
私を貶めようとずるのね。」
流れる涙ともに、鼻から鼻水を振り回しながら叫ぶハルミ
ケイタ「イヤイヤ、コネクション型とコネクションレス型はどっちが優れている
という問題じゃないんだよ。どちらも、メリットとデメリットが
あるから、それを踏まえた上で、状況に応じて使い分けるんだよ
コネクション型は、テキストやプログラムなどの一文字も間違う事無く
確実にデータを送りたい場合に向いていて。
コネクションレス型は、画像や音声、動画など、微量のデータ欠損が
発生しても、素早くデータを送りたい場合に向いているんだ。」
ハルミ「そんなことどうでもいいじゃない!
今すぐコネクションレス型なんて捨てて
私を抱きしめればいいじゃない!
私の全部を受け止めればいいじゃない!
私を攫う勇気も無いクセに…」
ハルミはあまりの感情の高ぶりで、もはや、言ってることも支離滅裂である。
ラッキョウもないのに体内で自己発電が始まり、
頭髪はショックによる帯電のあまり、不動明王ばりに逆立っている。
ケイタ「感情が高ぶっている所申し訳ないけど、糸電話越しに叫ばれても、
声がこもってモゴモゴとしか聞こえないんだけど。」
ハルミ「そうやって、いつもアナタは私を騙すのよ!
アナタなんて!アナタなんて!」
チ~ン
ケイタ「ぐわ~!なんだ?今のデカい金属音は!耳が痛いぞ」
ハルミ「糸電話の間につけておいた、スプーンを激しく鳴らしたのよ」
ケイタ「理科の実験かよ!」
ハルミ「私とのコネクションを断ち切ろうとするアナタが悪いのよ」
ケイタ「なんだよ、そりゃ?」
ハルミ「私とアナタは出会ってはいけない存在だったのよ~」
ハルミは完全な自分の世界に入り浸りである、ケイタの苦労は
想像に難くない。
ケイタ「ダメだ、こりゃ…あ、そうだ
ハルミ、なにを言ってるんだ!俺たちは生まれたときから
コネクションで繋がれているんだよ」
ハルミ「えっ!どういう事?」
ケイタ「俺たちは、目に見えない、赤い糸と言う名のコネクションで
繋がれているってことさ!」
ハルミ「はっ!そうなのね、私たちいつも繋がっていたのね」
ケイタ「そういうことさ!」
目に見えない愛情は信じないという持論も忘却の彼方に追放し
無理矢理な理屈で、簡単に説得される簡単なハルミ
おめでたい性格とは、彼女の為にあるのかもしれない。
ハルミ「ケイタ!今すぐ私を受け止めて~」
ケイタ「はっはっは、じゃあボクの胸に飛び込んでおいで~」
ハルミ「ケイタ~!」
ケイタ「ハルミ~」
しかし、彼は重要な事を忘れていた、そう『帯電』である。
ビリビリビリ
ケイタ「ギギギギギャ~!」