やはり、朝が苦手なのは、この歳になっても変わらないわね。
濃いめの缶コーヒーを、啜ってみても、イマイチ頭がシャンとしない
昨日遅くまで、気泡緩衝剤をプチプチと潰していたからだろうか、
明日の仕事に支障が出る、それは判っているんだけど、好きなものは
どうしようもない。
自己紹介が遅れてしまった、私は鬱狩漏子(うつかりもれこ)
この会社でセキュリティの担当者をやっている、
実は同じ職場の伊藤課長と、付き合っていると言うのは、
誰にも言えない秘密だ。
今日も朝から電話のベルが鳴る。
まだテンションの上がらない私にとっては、耳につくような音
ああ、うるさいなあ、出ればいいんでしょう!
電話を取ると男性の声、どうやら、同じ会社の人らしい
私は知らない人だけど、大きな企業では珍しくもなんとも
無いことだ。
この人が言うには、社内ネットワークのログインのユーザ名と
パスワードを忘れてしまったので、教えて欲しいとの事。
名前を聞くと、あら?この人も伊藤さんって言うのね、
思わず、予備のユーザ名とパスワードをこっそり教えて
あげちゃった。だってとっても困っているみたいだったし
伊藤って名前の人に、悪い人はいないもんね。うふふ。
あら、そういえば伊藤さんって、『電算担当』って言ってたけど
どこの部署の人だったのかしら?まあいいわ、
今日もまた一つ、良いことをしてしまった。
ソーシャルエンジニアリング
ネットワークの管理者や利用者などから、話術や盗み聞き、
盗み見などの「社会的」な手段によって、パスワードなど
のセキュリティ上重要な情報を入手すること。
今日は、課長はメールをくれるだろうか。
最近連絡が少ない事にちょっと不満げな私、
たとえバツイチだからって、気にしてないのにな、
早く彼と一緒に、ナンジャタウンに行きたいな、
あれ?そういえば、なんだかおかしい、なんだろう
この違和感は、…ああ、そうか、ゴミ箱の位置が変わっているのだ
清掃員の人は、ゴミ箱の中身を捨ててくれるのはいいけど、ちゃんと
元の位置に戻してくれないかな。…って、いうか今まで机の横の
個人用ゴミ箱の清掃までしてくれてたっけな?
まあいいや、私のゴミ箱には、たまにパスワードなんかの重要情報が
印刷された資料なんかが捨ててあるから、本当は慎重に
捨てないといけないんだろうけど、なにせ、面倒くさい。
みんなちょっと聞いてよ、シュレッダーは、上の階の
オフィスにしか無いのよ。経費節減だかなんだか知らないけど、
総務部にしかシュレッダー置かないなんて、絶対にえこひいきだわ、
社長のオキニが総務にいるから、何かと優遇されているのよ
きっとそうだ。…と言うわけで、ゴミ箱の中身が無くなっている
事については、私は都合良く忘れる事にした。
スカビンジング、トラッシング
ソーシャルエンジニアリングの手法の一つで、オフィスから
出された紙ゴミをあさって、不用意に捨てられた機密情報の
プリントアウトを探し出す手口。
そういえば、そろそろ人事異動の時期ね、ユーザ情報の
再定義という、かったるい作業をやらなきゃだわね、
パソコンの前に座り、ユーザとパスワード管理一覧表の
EXCELシートを開いてこの面倒な作業を渋々行う事にした、
嫌な作業は早くやっつけてしまいたい。
でも、そのお陰で、いち早く人事異動の情報を
知ることが出来るのは密かな特権よね。
あら、この人、佐賀支店に転勤なのね、名目は昇進って
事になるんだろうけど、事実上の左遷よね。
やっぱり、忘年会で常務の替え歌を歌って、
禁断のハゲネタに手を出してしまったというのは
本当なのね、いくら無礼講とはいえ、襟裳岬で
「♪なにもな~い、ハゲです~」は、マズイわね、ウププ。
あらら、しかもこの人パスワードまで『JOUMUHAGE』
だったのね、色んな意味で、自業自得だわ。
ハッ、…誰かが私を後ろから見ている!
さっきからじっと私の事を、熱い視線でみているわ、
これは…恋だわ、この人、私に恋しているのね、
無理もないわ、だって私の美貌にハートを貫かれてしまうのは
どうしようもない事だもの、それは罪じゃないわ、
むしろ、罪深いのは、私の方。
お願い、これ以上私にのめり込むのはヤメテ、
私には、伊藤課長という愛する人がいるのよ、
振り返って、アナタが誰だか確認したりしないわ
だから、これ以上私を見つめないで。
振り返って、アナタの顔を見たら、私アナタを
愛してしまうかもしれないじゃない。
彼が遠ざかっていく足音が聞こえる、
…ああ、やっと私を諦めてくれたのね、
ずっと私の後ろ姿ばかりみて、いじらしいひと。
ショルダーハック
ソーシャルエンジニアリングの手法の一つで、対象者が
パスワードなどを入力する際のキー操作や画面を盗み見て、
機密情報を盗み出す手口。「肩越しに盗み見る」という
意味でこのように呼ばれる。
突然、オフィスに、キューピー三分クッキングのテーマが
甲高く鳴り響く、私の携帯が鳴っているのだ。
電話番号は知らない番号、どうやら公衆電話からの
様だ、とるなり「ああ、オレオレ、俺だよ」だって、
もう、こんな慣れ慣れしい態度を取るのは、伊藤課長ね
仕事中に堂々と電話をかけてくるなんていけないひとね、
でもちょっと嬉しいかな。
カレが言うには、パスワード一覧が、早急に必要に
なったから、指定のFAX番号に送って欲しいらしい
なんで彼がパスワード一覧を必要とするのかは知らないけど、
いいわ、私カレを信じているし、少しでもカレの役に立ちたいモン
待っててね、直ぐに送ってあげるから。
ああ、こんなカレの為に身を捧げるアタシって、いい女よね~
すぐに編集が終わったユーザとパスワード管理一覧表を印刷し
指定されたFAX番号へ送った。これでカレは少しでも
喜んでくれるかしら?
それにしても、この番号って、県外の番号の様な気がする
んだけど、しかもカレって、なんだか声が変だったわね
風邪でもひいたのかしら?
そうだわ、だとしたら、カレの家にお見舞いに
いかなきゃ、ご飯を作ってあげないとね、
キャッ、以外と大胆な私を再発見しちゃった。
なりすまし
自分以外の他人を名乗り、不当に認証を受ける行為
本来その人しか見ることができない機密情報を
盗み出したり、悪事をはたらいてその人のせいにしたりする。
FAXを送った事を伝える為、カレに電話してみると
「は?なんの事?」だって、モウ、照れなくてもいいのに
でも、そんなカワイイあなたが、今日もス・キ・よ♪